リセット 〜 Trial Version 〜



第2章 新たなはじまり 09


 それから数日後、しとしとと絶え間なく雨の降る日。
 母ミリエルの部屋で過ごしていたルーナは、窓際に置かれたソファに座り、膝の上に革装丁の大きな本を広げていた。
 もっとも本はそれだけではなく、テーブルの上にも様々な種類のものが所狭しと置かれている。
 現在彼女が広げている本の表紙には、『植物図鑑』と金の題字が押されている。
 文章よりも図解が多いため、描かれた絵を楽しんでいるのだろうと周囲は思っていたが、三歳にして読み書きに不自由しないルーナは、実際は文章の方もしっかり熟読している。他にも子供向けの地理・歴史書に始まり、動物図鑑といったものまでも読破済みだった。
 それらの知識で得た情報をまとめると、地球とは異なるこのサンクトロイメという世界のことが少しわかってくる。

 サンクトロイメには、大陸がふたつある。
 ひとつはフォーン大陸といい、羽根を広げた鳥の形をした、地図の大半を占める大きな大陸だ。
 もうひとつは北にあるネビュリンド大陸で、フォーンに比べると三分の一ほどの大きさであり、こちらは魔物と魔族の住処と言われる極寒の大陸のため、人が住まうことはできない。ここには昔、人間によって魔族が追われて住みついたとか、魔王が封印されているなど様々な伝承があるらしい。
 サンクトロイメに最も多く存在する種族は人間で、髪色の多彩さと、魔力と呼ばれる不思議な力を有している者が多く存在することを除けば、地球と何ら変わりはない。
 また亜人と呼ばれる、獣に近い姿を持つ者たちも存在するが、彼らは大陸外の島々に住む者が多く、フォーン大陸で見かけることは稀だった。
 生息する動植物については、異世界ならではと納得できるようなものも存在すれば、地球でも見かけるようなものも多く存在した。もっとも同じと言ってしまうには語弊があるかもしれないが。
 例えば赤い林檎も存在するが、葡萄のような紫色の林檎もある――ちなみにその味は梨そのものだ。
(時代とかはともかく一番地球と違うのは、魔法があること、魔物とかが存在することかなぁ)
 そんな風にルーナが思うとおり、多少の違いはあるもののその生活様式は地球の中世から近代あたりのヨーロッパに近い。電気といった科学的なものは発達しておらず、その代わり組み上げられた魔法によって動く魔道具という便利用品が存在する。
 もっとも魔道具は高価なものなので、庶民レベルにまで普及している品は少ないのだが。

 ルーナが本を眺めながら思いを馳せていると、ノックの音が彼女の耳に届いた。コンコンコンッという親愛を示す三回の合図に、それが母にとって親しい人物――つまり彼女にとっても親しい人であることを知る。
 ミリエルは手にしていた刺繍道具をテーブルに置くと、「どうぞ」とドアへ向けて声をかけた。
すると待ちきれなかったように勢いよくドアが開き、アマリーとユアンが部屋へ飛び込んできた。
「やっぱりルーナここにいたぁ!」
 アマリーは元気良く声をあげると、パタパタと駆け寄ってルーナの横に腰掛ける。一方ユアンはニコニコしながらのんびりと近づいてきた。
「あらあら、二人ともお勉強はどうしたの?」
 部屋の時計を確認してから、ミリエルは咎めるように二人に問いかけた。
「今日は先生が私用でいらっしゃらないからお休みだもの」
「そんなこといって、また授業をさぼったんじゃないでしょうね?」
「母様、ほんとに先生はお休みなんですってば」
「本当なんだよ」
 アマリーを助けるようにユアンが口を挟むと、ミリエルはクスクスと笑いながらうなずいた。
「それなら良いけど、貴女ももうすぐレングランド学院に入学するのですから、しっかり勉強しておかないと入学早々ついていけなくなりますよ」
「あーあ、レングランドに入るより、わたしはお家で家庭教師に教えてもらう方がいいのにな。だって入学したら週末しか家に帰れないし……」
 母の言葉に、アマリーは大げさに嘆いてみせた。