リセット 〜 Trial Version 〜



第2章 新たなはじまり 10


 レングランド学院とは王都ライデールにある王立学校のひとつだ。
 身分の貴賎、年齢に拘わらず広く優秀な人材に門戸を開いており、魔法のみならず様々な学問を学べる国内最高学府であり、ライデールが学術都市と言われる所以になった学校でもあった。
 同じく学校の敷地内に建つ、レングランドの学術研究施設では、魔法学、医学、工学、農学などの様々な研究がなされており、その研究結果が国を栄えさせている。
 レングランド学院への入学資格は十歳以上であることで、また全寮制のため学院に入学すれば週末しか自宅に帰ることができなくなる。もっとも遠方の生徒などはそれも叶わず、年に数回の帰宅になる者も多い。
 すでにジーンは学院に入学して一年になり、やはり平日は寮で過ごしている。
 アマリーもそうなるのかと思うと、ルーナも寂しさがこみ上げてきた。
「姉しゃまに毎日あえないのは、わたちもしゃみしい」
 しゅんとルーナが項垂れると、アマリーは感激したのかルーナをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫よ! 必ず週末には会いに来るから! それに入学するまでは毎日一緒よ」
「あい、姉しゃま」
「ふふっ、アマリーは本当にルーナが大好きなのね。……そうだわルーナ!」
「なぁに母しゃま?」
「貴女からアマリーに、勉強を頑張るように言ってあげたらどうかしら?」
「母様ぁ……」
 情けない声を出したアマリーに、ミリエルは上品な笑い声で応える。
「姉様、そんなんじゃ学院に入学した途端、ジーン兄様が心配して付きっ切りで監視するよ」
「うっ……それは勘弁してほしいわ」
「ふふ、そうね、ジーンならきっとそうするわ」
 クスクスと笑い合うミリエルとユアンに、アマリーはしかめっ面を返す。そんな中、突然ルーナが口を開いた。
「母しゃま、わたちも勉強ちたい!」
「え?」
 ルーナの宣言に、ミリエルをはじめ、ユアンとアマリーも驚いて顔を見合わせた。
「あのね、わたちまほーちゅかいになうの。だから勉強しゅるのよ」
 真面目な顔でそう宣言するルーナを、ミリエルは困った顔で、アマリーはびっくりしたまま見つめている。そんな中ユアンだけが笑顔を浮かべてルーナの頭を撫でた。
「この間、僕が勉強してるのを見てたから?」
「うん。兄しゃまみたいにまほーをちゅかいたいの」
「ルーナはまだ三歳じゃない。だめよぉ」
 ユアンとルーナの会話にアマリーが口を挟む。
 未熟な魔法は暴走の危険を伴う。幼い年齢もさることながら、ルーナの魔力が強大なのを知っている家族だからこその心配だった。
「簡単な治癒魔法あたりなら問題ないんじゃないかな? 僕のところに入門書があるよ」
「でも……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ルーナの魔力はすごいけど、まだこんなにちっちゃいから難しい魔法は身体が付いていかないと思う。それに僕が傍で見てるなら平気じゃないかな」
 姉の心配を、ユアンは穏やかに払拭する。さらにそれを後押ししたのは、それまで黙って見ていたミリエルだった。
「そうね……それならいいかもしれないわ。せっかくこの子がやりたいと言ってるのですもの。本人のやる気を摘むのはよくないわね」
「そうだよ、勉強嫌いの姉様と違って、ルーナは自分から勉強したいって言ってるんだし」
 ミリエルの言葉にユアンはここぞとばかりにニヤリと笑って付け足した。もちろんその言葉のすぐ後にアマリーの鉄拳がユアンを襲ったわけだが。
「兄しゃまらいじょうぶ? 姉しゃま、兄しゃまをいじめちゃだめでしゅ!」
 ルーナは自分の味方をしてくれた恩もあってか、すかさずそう言いアマリーを窘めた。
 腰に手を当て指を突き出すルーナに、兄姉たちはコクコクとうなずきながら顔をとろけさせた。
 一方ルーナの方は、「やったぁ! ついに魔法解禁だぁ!!」と念願が叶ったことに内心狂喜乱舞していた。頭の中ではすでに伝説の魔法を唱える自分を妄想してにやついている。
 こうしてまだ三歳ながら、ルーナは兄について魔法の勉強を始めることになったのだった。