リセット 〜 Trial Version 〜



第2章 新たなはじまり 04


 そしてルーナが誕生し、九ヶ月が経った頃。
 その日、ルーナはマーサに抱かれて屋敷の庭へと出た。
 キャッキャと走りまわる兄姉たちを、ルーナは庭の芝生に敷かれたブランケットの上で大人しく座って眺めていた。
 繊細なレースを襟に使った、白いベビードレスのルーナは本当に愛らしく、大人しく座っている様子を横目で確認したマーサは、とろけそうな顔で目を細めた。
(それにしても美少年に美少女だなぁ、わたしの兄姉たちは。というか父様と母様も美形だから当たり前か。ほんとこの家族って美形揃いで目の保養だ。まぁ最初は『美形外人だっ!』とか思って両親や兄姉っていわれても違和感がめちゃくちゃあったわけだけど)
 ぼんやりそんなことを思っていると、ふとルーナは気づく。
(そういえば、鏡見たことないよね。他の人の話から銀髪、緑の目っていうのはわかるけど。わたしの顔ってどんな感じなんだろ? ま、あの両親の子供だし、たいていの人に可愛いって言ってもらえるから、不細工っていうのは違うと思うけど。でもそうなると気になるもんよね)
 特に容姿に関してのお願いはしてなかったが、神様のサービスでもあったのかもしれないと思うと、ルーナは無性に自分の容姿を確認したくなった。
 ちらりとマーサを見ると、いつもルーナが大人しくしているためか、安心して彼女に背を向け、近くに運ばれてきたガーデンテーブルに兄姉たちのおやつを用意していた。
 ルーナはキョロキョロと辺りを見渡し、さほど遠くない場所に小さな池を見つけた。そしてもう一度マーサの様子を確かめる。
(んー、ちょっと遠いけど、あのくらいなら行けるかな?)
 小さな池との距離を目で測りながら、彼女はそんなことを思う。
 最近はハイハイが出来るようになったので、短い距離ならば誰かの手をわずらわせることもなく、一人で行動できるようになっていた。
(『池に行く』なんて、しゃべれないから説明もできないし、あれくらいならすぐ戻ってくれば平気よね)
 ルーナは一人納得すると、ハイハイで池を目指すべく行動を開始した。
 ゆっくりと四つん這いで進むルーナだったが、池まで続く柔らかな芝生のおかげで、手のひらや膝もさして痛くはない。
(ハイハイっていうのがちょっと情けないけど、自分で動けるっていうのはいいね)
 ルーナはご機嫌で這い続ける。最初はすぐ近くと思われた池だったが、赤ん坊である自分を考慮に入れてなかったため、その距離を進むのは意外と大仕事だった。
 さすがに疲労を感じながらも、なんとかルーナは池の岸辺に辿り着いた。
(やるじゃん、わたし!)
 自画自賛しながら、ルーナは池を覗き込む。
 揺れる水鏡に自分らしき赤ん坊が映ると、ルーナはその体勢のまま息を止めて凍りついた。
(な、なんだこれっ!)
 水面に映る自分の顔が、驚愕の表情を作る。
 皆に言われていたような、銀の髪、緑の瞳の赤ん坊。まず、聞くのと見るのでは大違いなその派手な色彩の組み合わせに驚く。さらにその顔立ちのあまりの整いように言葉を失った。
(可愛いどころか、このまま成長したらとんでもない美少女じゃん! これ、サービスなんて域は軽く超えてるよ、ミチオ……)
 思いもよらない自分の美しい顔立ちに、ルーナは呆然とするしかなかった。
 やがて気を取り直した彼女は、再度池を覗き込む。そしてそこに映る自分に思わず見惚れてしまうのだった。
 ルーナに自己陶酔はない。しかし今まで自分の姿を確認したことがなかったルーナにとって、そこに映る姿は他人のようなものだった。それも天使のように美しく愛らしい赤ん坊の姿なのだから、思わず見惚れてしまうのも仕方がないだろう。
(やばい、このままだとわたしナルシスト決定!? うっ、さすがにそれは嫌だ)
 ルーナは水面を見ながら、「これは自分、これは自分」と呪文のように繰り返した。