満天の星の下、思う存分泣いて、思う存分落ち込んだ千幸は、涙を拭うとおもむろにベンチから立ち上がった。
東屋から出て、街を一望できる展望台から真下を見ると、そこは垂直な崖になっており、真っ暗なその先に落ちればただではすまないことを窺わせる。
「ここから落ちたら死ねるかな」
ポツリとつぶやいてから、千幸は自分の言葉にハッとする。
「死ぬとか何言ってんのよ……生きたくても生きられない人がいるのをよく知ってるじゃない」
脳裏に浮かぶ懐かしい人を思い出しながら、千幸は最低の言葉を吐いてしまった自分へ憤りを向ける。
「今までだってもっと辛かったこともあったし。それでも頑張ってきたじゃん!」
自分への励ましに思わずクスリと笑い、千幸は暗い思考を促す真っ暗な柵の真下ではなく、明るく眼下に広がる、宝石のような街の夜景に目をやった。
「叫んだらすっきりするかなぁ……」
ふと口にしてみると、それがとてつもなく魅力的な思いつきに思えた。
幸い辺りには誰もいない。
(誰かに聞こえてたっていっか。ストレス解消に叫びまくってやる!)
千幸はすぅっと大きく息を吸い込むと、遠くの街明かりに向かって叫ぶ。
「バカヤロー!」
最初の一声がこだまするのを聞きながら、彼女はさらに声を張り上げた。
「失恋がなんだーっ! 晴樹よりいい男なんて星の数ほどいるっつーの!!
いい男捕まえて麗佳に自慢してやるんだからっ! あとセクハラ野郎! 明日絶対殴るっ!!
それから……絶対、ぜーったいっ幸せになってやるーっ!!」
静かな夜の展望台に、しばらくの間千幸の叫び声が響き渡っていた――
「はぁ……すっきりしたかも」
少しばかりかすれた声で千幸はつぶやいた。感情のままに思い切り叫んだせいか、憂鬱な気分も吹き飛んだ気がする。
(よし、また明日から頑張れる!)
そう前向きに決心した時だった。
――ドンッ
背中に凄まじい衝撃を感じ、柵から身を乗り出していた千幸の身体は、あっさりとその柵を乗り越えた。
(うそでしょ?)
空中に浮いた身体が、次の瞬間加速して落下する。
逆さになって落ちる瞬間、千幸の目に黒い大きな動物らしき影が映った。
両目を光らせた黒い影は、彼女を地獄に突き落とす魔物のように見えて、千幸の全身は言いようの無い恐怖に支配された。
それは落下していく恐ろしい感覚と共に、彼女の心へと深く爪をたて、傷を刻み込む。
(ありえない……)
固い地面に近づくのをぼんやり感じながら、千幸の意識はそのままフェードアウトした。