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ある晴れた日の出来事


 それは良く晴れた朝のことだった。
 ラーラ・ニムルはくるくると跳ねる短い髪をコットンのボンネットに押し込み、手に籐かごを持って玄関を飛び出した。
 彼女はひらりと揺れる白いエプロンドレスを見て嬉しそうに微笑む。それは本の挿絵に描かれたものと同じで、母親にせがんで作ってもらったものだった。
(誰か通らないかしら? 折角だから自慢したい!)
 そんなことを思いながら、ラーラは家から少し離れた場所にある鶏小屋を目指す。彼女の父は王都の近くにあるリヒトルーチェ公爵家の所領で、公爵家の農地管理人をしていた。庶民の子の多くがそうであるように、ラーラも忙しい父や母と共に家の仕事を手伝っている。この日も彼女に与えられた仕事である、鶏の世話と、卵を取るために小屋へと向かっているところだった。
 鶏小屋が近づいてきたところで、ラーラは通りの向こうから見慣れない豪華な馬車が走ってくるのに気がついた。
(うわぁ、すごい馬車。どこの貴族様だろう……)
 ラーラが思わず足を止めて見入っていると、馬車は彼女を通り過ぎるどころかその目の前で止まった。
(えっ……まさか見てたのが気に入らなかった? どうしよう!)
 貴族の不興を買うというのは命を捨てる行為。まだ11歳ではあるが、ラーラにもそれくらいのことは分かっている。
 真っ青になりながらも、どうすることも出来ず佇む彼女を、御者の青年は声を掛けるでもなく無言で見つめている。
 あやまるべきだろうかと、おずおずと彼女が口を開こうとすると、突然馬車の窓が開いた。
「すみません。ちょっとお聞きしたいのですが」
 窓へと目を向けたラーラは、そこから顔を出した少女を見てぽかんと口をあけたまま静止した。
 本で見た天使そのものの少女が微笑んでいる。銀色のさらさらした髪、宝石のような煌く緑の瞳、白く整った顔。すべてが現実離れしている少女だった。
「あのー?」
「は、はいっ」
 これ以上失礼をしては命に関わるかもしれない。ラーラは慌てて姿勢を正して返事を返す。
「どこかにひよこさんがいるところは知りませんか?」
「……は?」
(ひよこさん……ひよこ? ひよこってあのひよこだよね?)
 少女の質問の意味を図りかねていると、彼女の後ろから声がかかった。
「その質問で戸惑わない奴がいたら見てみたいぞ……」
 その声にラーラが少女の後ろへと目をやると、黒髪に鮮やかな瑠璃色の瞳を持つ少年が馬車の中にいるのが見えた。
 彼女が現実に存在するのが信じられないほど整った顔立ちの少年に唖然としていると、少女が無邪気に問いかけてきた。
「この辺でひよこさんを飼っている人はいませんか?」
「ひよこでしたら、うちにもいますが……」
 戸惑いながら答えたラーラに、少女は嬉しそうに微笑むと馬車の中へと顔を向けた。どうやら先ほどの少年を含む同乗者に相談をしているようだ。そうしてしばらくすると、少女はまたラーラへと視線を戻して微笑んだ。
「ひよこさん見せてください!」



***



 ラーラの家は権勢を誇る公爵家の農地管理人ということで、庶民としては中々に裕福な家庭だった。鶏小屋も石造りの立派なもので、彼女がきちんと世話をしているせいで清潔だとも胸をはれた。
 しかし、貴族と思われる人間を案内する場所にはあまりにもみすぼらしく、コケコッコー、ピヨピヨと騒ぎ立てる鶏とひよこの暮らす鶏小屋には、どう見ても彼らにはそぐわなかった。
 ラーラは彼らから距離を置いた場所で、こっそりと観察するように三人の一挙手一投足を見守っていた。
 一人は天使のような少女。着ている服はパフスリーブの橙色のワンピースドレスで、あちこちにリボンが飾られた可愛らしいものだった。その彼女の横に立つのはふわりとした金茶色の髪の少年。まるで絵本の中から抜け出してきた王子様のような穏やかな美貌の少年だった。そして最後の一人は先ほど窓から顔を見せた黒髪の少年。金茶色の髪の少年と並ぶとまるで昼と夜のように対照的な二人だった。
(素敵な人たちだけど、さっきからこの二人、あたしのことはまったく目に入ってないよね……)
 少女らしい憧れの眼差しを向けるラーラを、少年たちは眼中にないどころか空気の如く振舞っていた。そのため彼女の淡い憧れはすぐに音を立てて崩れていった。
「カイン、あれ貸して?」
「はい」
 カインと呼ばれた金茶色の髪の少年は、少女に頷くと懐から小さな緑色の宝石を取り出した。それはすぐに少女へと渡され、彼女は石を持ってピヨピヨと鳴くひよこへと近づいていく。
(なにするんだろう……)
 好奇心のままに少女を見守るラーラを余所に、彼女はひよこの前でしゃがみこんだ。そして石をひよこに翳すと、すっと息を吸い込み、囁くように小さな声で何かをつぶやいた。
「えっ?」
 キラリと少女の持つ石が一瞬光るのに驚いて、ラーラは声をあげた。しかし当の少女は何事もなかったかのように満足げな表情で立ち上がると、二人の少年を振り返り、満面の笑みを浮かべる。
「成功っ!」
「わかった。成功したならさっさとここを出るぞ」
「もー、リューはせっかちなんだから」
「ほら、いくぞ」
 少女の満面の笑みにドキドキするラーラとは違い、黒髪の少年はポンポンと彼女の頭を軽く叩いてそっけなくそう言った。
(やっぱり、鶏小屋なんて汚いから居たくないのかな……)
 彼らと自分の身分を思い知らされたような気がして俯いたラーラだったが、次の瞬間それを払拭するような少年の声が届いた。
「ここはうるさい。さっさと出るぞ」
(うるさい……確かにうるさいのは本当だよね)
 なんとなく嬉しくなったラーラは、慌てて鶏小屋から出る彼らを追う。
「ラーラ、ありがとう」
「いえ、そんな……」
 嬉しそうにラーラの手を握って礼を言う少女に、彼女はぶんぶんと首を横にふって答えた。柔らかな白い手にどきどきしながら、ラーラはぎこちなく笑顔を返する
 結局二人の少年は、同行の少女と違ってラーラに友好的な態度を取ることはなかったが、それでも貴族にありがちな見下すような態度を取ることも、一度してなかった。それだけで彼女は嬉しかった。
 ラーラは馬車が去っていくのを見守ると、いつもと違いすぎる朝の出来事を母親へと報告するために家へと駆け出した。



***



 数日後。
 ラーラの家に、お仕着せを着た使者が現れた。彼は戸惑うラーラに礼だといって包装された箱を差し出す。中には繊細な作りのオルゴールと、その中には刺繍の施されたハンカチが入っていた。
「あの、一体これって……」
 困惑しながら尋ねるラーラに、使者はニコリと笑う。
「確かカードが入っている、とおっしゃっておられました」
「カード?」
 ラーラが慌てて中を探ると、ハンカチの下には一枚のカードがあった。

『色々ありがとう。よかったら使ってね
  ルーナレシア・リーン・リヒトルーチェ』

「えぇぇっっっ」
 カードの最後にまで目をやったラーラは、領主の家名を見て驚きのあまり絶叫したのだった。

- end -

鬼灯様にいただいたイラストのお礼SSでした。
SideStory『ルーナは影のブレーン!?』とこっそりリンクしてたりします。

2011/04/13 改訂