リセット Side Story



ルーナは影のブレーン!?...06



 とある昼下がり。
 ルーナは自室のカウチにもたれかかりながら本を読んでいた。
〔おいっルーナ!〕
「ひゃっ!」
 突然聞こえてきた声にビクンッと身体を震わせた後、彼女は大きく息をついて首元にある魔道具――ネックレスへと手を触れた。
「いきなり大きな声ださないでよ、リュー」
 唇を尖らせて訴えるルーナを気にすることもなく、リュシオンは自分の用件を話し出す。
〔明日の午後、レングランドの研究所から人が来る。よければおまえも来い〕
「レングランドの研究所?」
〔ああ。魔道具研究所の研究員だ。〈遠話〉の魔道具の改良版が出来たらしい〕
「へぇー。それはちょっと見てみたいかもっ」
〔来れるか?〕
「父様に聞いてみるけど、多分大丈夫かも。あ、でもわたしのことは……」
〔大丈夫だ。いつもの奴らだし〕
「じゃあ行きたいな」
〔わかった。ならば俺からも公爵に一言、言っておこう〕
「お願いね」
〔ああ。あと何か意見があったら言っとけよ? あいつらお前の意見は役立つと言ってたから喜ぶだろう〕
「そうなの? じゃあ、思いついたらメモっておくね」
〔頼む。じゃあな〕
「はーい」
 リュシオンとの会話が切れ、ルーナは握り締めていたネックレスから手を離す。そこでふと視線をじっとネックレスへ落として考え込んだ。
(意見かぁ……あ、そうだ!)
 ふと何かを思いついたルーナは、「よしっ」と小さくつぶやいた。
「メモ、メモッと」
 節を付けて独りごちると、彼女は備え付けられているライティングビューローへと近づいた。装飾された金の取っ手を引いて引き出しを開けると、そこに置かれた用紙を一枚取り出す。
 机の上に置かれた羽根ペンでさらさらと用紙に何かを書き込むと、ルーナは「ふふっ」と楽しそうに微笑んだ。



***



 次の日、ルーナはリュシオンとの約束通り、父と共に王宮に来ていた。
 ルーナ専用とも言える王宮の一室に向かうと、すぐにリュシオンが現れる。彼いわく「父上が来ると話がややこしくなる」から急いだらしいのだ。
 それに対して何度もうなずいて同意する、父アイヴァンにルーナは苦笑するしかない。
 リュシオンと父に急かされるまま、ルーナは続き部屋へと向かう。
 最近では続き部屋に〈転移〉の魔方陣が作られており、王子宮まで一瞬で向かうことができるのだ。それは単純に移動の容易さと共に、リュシオンとルーナが一緒にいることによって囁かれる、不躾な悪意から彼女を守るという側面もあった。
 〈転移〉の魔法陣によって、一瞬にして王子宮へと辿り着いたルーナたちは、突然現れた二人に驚くこともなく、穏やかな笑みを浮かべる家令に迎えられた。
「先ほどラック様とホライズン様がお着きになったと連絡がございました。まもなくこちらに到着されるかと」
「わかった。ここへ案内してくれ」
「かしこまりました」
 一礼して家令が去ると、リュシオンはソファに腰掛け、ルーナに隣へ座るよう促した。
「ラックとホライズンもすぐ着くだろう」
「うん。二人に会うのも久しぶりだね」
 チェリオン・ラックとスー・ホラインズンの二人は、共にレングランドの魔道具研究所の研究員だ。特にラックの方は魔道具職人として既に名が知られており、彼に憧れて魔道具職人の道を目指す者も多い。
 そんな彼らとリュシオンを通じて知り合ったルーナは、自分の名前を公にしないことを条件に、折を見てはこうして会い、請われるままにアイデアや意見を提供していた。
「ラック様とホライズン様がいらっしゃいました」
 ノックと共に開けられたドアの向こうで、後ろに二人の男性を従えた家令が丁寧に告げた。すぐに横に退いた家令の後ろから、三十代後半の男性と二十代半ばの男性が現れる。彼らは部屋の中にいるリュシオンとルーナを見ると、深々と頭を下げて挨拶した。
「リュシオン殿下、本日はお招きに預かりましてありがとうございます。ルーナ様もお久しぶりでございます」
「堅苦しいのは後だ。入って座れ」
 リュシオンに促され、二人は落ち着かない様子で部屋へ入るとリュシオンたちの対面側にあるソファへと腰掛けた。家令はそれを見届けると静かにドアを閉めて去っていく。
「改良品が出来たんだって?」
 緊張している様子の二人に、リュシオンはすぐさま本題を突きつけた。彼から発せられた「改良品」の言葉に、自分たちの用件を思い出したのか、ラックはハッとして隣に座るホライズンへと目配せした。
「あっ、はい。これです」
 ラックの視線を受けてホライズンは、慌てて持っていた濃紺の布の包みをテーブルの上へと置いた。すぐにラックがテーブルの上の包みに手を伸ばし、布を取り去り、中にあった箱を丁寧な手つきで開いた。箱の中には銀で出来たシンプルな造りの細身の腕輪が置かれている。
「今回は衛士や警備などの職業向けに改良されたもので、〈遠話〉や〈探査〉に加えて対象の〈追尾〉や簡易の防御魔法も組み込んであります」
「反撃された時の防御や、逃げられた時の追尾か……」
 ラックの説明に相槌を打ちながらリュシオンは、腕輪を手に取った。
「はい。組み込んである陣の魔法はさほど強力なものではありませんが、咄嗟の対応ならば十分といえます」
「加えて無詠唱での即時発動ですからね」
 ラックとホライズンは先ほどまでの緊張はどこへやら、得意分野の説明に目をキラキラさせて語りだす。
「別に警備とかじゃなくて、護身用とかでもいいね」
 リュシオンの手にある魔道具を見つめルーナがポツリと呟くと、三対の目が一斉に彼女に向いた。
(うっ!?)
「護身用か……」
「それなら女性向きともいえますね」
「宝石などを用いれば、女性の持ち物としても良いかもしれません」
(えっ、意見採用?)
 三人の様子に呆気に取られているルーナだったが、意見交換に夢中な三人にやがて諦めたように一人肩を竦めた。
 前世では日本人だったルーナにとって、当たり前の常識や見解が、サンクトロイメでは珍しく貴重な意見として話し合われる。それは彼女にとっても興味深いものだった。
 ルーナの意見をさらに発展させ、終わることのない議論に熱中する三人を眺めながら、彼女は小さく微笑んでお茶の準備を調えるために立ち上がった。



***



 話が一段落した頃合いを見てルーナがお茶を出すと、レングランド研究員の二人はしきりに恐縮して小さくなっている。
「姫様にお茶を淹れていただけるなど……」
「そんなの気にしなくていいのに」
 クスクス笑って言うルーナに、リュシオンも苦笑してうなずく。
「気にするな。この部屋では無礼講だ。それに、ここだけの話だがルーナの淹れるお茶は侍女連中のものより美味いぞ」
「それは言い過ぎかも」
 二人のかけ合いに、恐縮していた二人も笑顔を取り戻す。
 そしてお茶を飲みながら、研究中の魔道具へと話が及ぶと、リラックスした二人は饒舌になり、得意分野の話をまた熱く語りだした。
 レングランドの魔道具研究所は前国王、リュシオンの祖父が設立したもので、まだ新しい学問といえる。そのため今だ魔道具研究所の人間を見下したり、胡乱げな目で見る輩も多かった。
 そのせいかリュシオンやルーナのように、魔道具研究へ理解ある態度を示す者にはいささか浮き足だってしまうのだ。
(でも、好きなことに夢中になって頑張る人っていいよねぇ)
 興奮のあまりか、だんだんと身振り手振りも大きくなる二人を微笑ましく見ながら、ルーナは内心でそんなことを思っていた。
「そういえばルーナ」
「はい?」
 突然リュシオンに呼びかけられ、上の空だったルーナはハッとして彼の方を向いた。
「何かラックたちに意見はないのか。考えておくと言っていただろう?」
「意見……あっ、紙に書いてきたよ」
 ルーナは自分の横に置いていた小さなバッグから、折りたたんだ用紙を取り出すとテーブルの上に広げてみせた。
「えーと、意見は着信音が欲しいっていうのと、あとそれについて魔法陣も考えてみたんだけど」
「着信音?」
 ルーナが話し出すと、リュシオンはテーブルの上の紙を見つめながら、その中の聞きなれない単語を問い質した。
「えっとね? 今の魔道具の仕様だと、突然相手からの声が聞こえてくるでしょう? だから呼び出しのための音が欲しいなって」
「ほほぉ。それは確かに便利な機能ですな」
「相手の手が離せない時などは、音によって〈遠話〉の送り手にも、相手の状況を察することができますね」
「そうなの。で、宝石とかに記憶を刻む方法があるでしょ? あれで音を記憶させて魔道具に組み込んだらいいんじゃないかなって考えてみたの」
 ふむふむとルーナの話に耳を傾けながら、二人の研究員は真剣な表情でルーナのメモを検討している。
「なかなか面白い機能だな」
「でしょ? 昨日リューとお話したときに、突然話しかけられてびっくりしたから思いついたの」
「なるほどな」
 リュシオンは面白そうに笑うと、ルーナの頭をぽんぽんと軽く叩いた。気安い態度で笑いあう二人に研究員の二人を微笑ましく見守る。場合によっては問題になるであろう二人の態度だったが、研究一筋ゆえに世情に疎い彼らにとって、それを見たからといって何かを思うことはなかった。
 もっともそれを分かっているからこそ、リュシオンはここでは無礼講だと宣言していたし、またルーナも気軽に応じているのだった。
「ルーナ様のメモの通りで上手くいきそうですし、すぐに実現できるかと」
「ほんと?」
「ええ。ですが記憶させる音というのはどんなものがいいのか……」
 ラックが顎に手をやって考え込む。すると名案を思いついたかのようにホライズンが勢い込んで提案した。
「銅鑼はどうでしょう?」
(それはない! ゴーンって儀式じゃないんだから……)
 ルーナは内心つっこみを入れつつ、本気で決定しそうな研究員たちの目を逸らすため、慌てて口を開いた。
「いやあの、鈴の音とかの方が良くない?」
「ああ、それはいいですね!」
 同意の声にどうやら銅鑼はないと胸を撫で下ろしながら、ルーナはふと頭に浮かんだ意見を口にした。
「わたし、ひよこの鳴き声とか良いと思うんだけど」
「それは可愛らしいかもしれませんね」
 無邪気に提案するルーナに目を細めてラックが同意する。それに気をよくした彼女は満面の笑みを浮かべて宣言した。
「じゃあわたし、ひよこの鳴き声を記憶してくる!」
「は?」
「リュー明日の朝行こう? ね?」
 ルーナは隣に座るリュシオンの手をがっちりと掴むと、ぶんぶんと振りながら彼へと告げた。
 思わず絶句したリュシオンだったが、上目遣いで小首を傾げられ『お願いビーム』を仕掛けるルーナに、はぁっとため息をひとつ吐いて敗北したのだった。
(ライデールではルーナは目立ちすぎてまずいな。となると近郊の村か……王都近郊の公爵領ならいいか……)
 結局ルーナのおねだりにはリュシオンも首を横には振れず、彼は頭の中で明日の計画を立てるのだった。



*** 



 後日。
 ――ピヨピヨピヨピヨ……
 なんとも可愛らしいひよこの鳴き声が聞こえ、ルーナは四つ葉を象った胸元のペンダントヘッドに触れた。
 四つの葉は緑柱石(エメラルド)、枠は白金(プラチナ)で作られたそれは、よくよく見れば意匠と見まごうほど繊細に魔法陣と魔道語が刻まれている魔道具だった。
「はいはい今日も元気なルーナですよ。リューもお元気?」
〔……確かにおまえは無駄に元気だな〕
(むっ……失礼な!)
 いきなりの第一声にムッとしてルーナは黙り込む。その様子が容易に想像でき、リュシオンはニヤリと口元を歪めた。
 しかしそれを指摘すればさらに拗ねられるのは必至。彼は表情を引き締めると、とりなすように話かけた。
〔ところでこのひよこなんだが……〕
「ん? ひよこの鳴き声、可愛いよねー」
 話題転換に見事にひっかかったルーナは、楽しそうにリュシオンに同意を求める。だがリュシオンはそれに同意することなく問い返してきた。
〔可愛い……か?〕
「ピヨピヨ可愛いよ! ここじゃ電子音とかは無理だからリアルだけど」
〔電子音?〕
「と、とにかく銅鑼とかより、ぴよぴよの着信音は可愛いくていいの!」
 ルーナが宣言するように言い切ると、リュシオンは「はぁ」とため息をついてうんざりと答える。
〔ひよこの鳴き声は頭に残る……〕
 勘弁してくれといわんばかりのリュシオンに、ルーナは心の中でこっそりと同意していた。
(……実はわたしもそれは思ってたんだよね。確かに頭に残るのよね、ひよこの鳴き声って)
 そうして内心の思いにクスクスと笑いながらも、彼女は何食わぬ顔でリュシオンへと提案するのだった。
「じゃあ、今度はピアノの音とかにする?」
〔ぜひそうしてくれ。だがこの着信音自体はいいな。使い勝手が良くなったと評判も上々だぞ〕
「そうなの? 我儘言ってみてよかったのかな?」
〔そうだな。おまえの我儘は馬鹿にはできない。もっと提案してもいいくらいだ〕
「ふふっ。ならよかった」
 ルーナは満足そうに言うと、リュシオンから送られた最新式の魔道具である胸元のペンダントを撫でた。これは着信音が欲しいというルーナの希望通りの魔道具で、先日彼から贈られたものだった。
〔また何か面白い意見があったら言ってくれ〕
「うーん、何か思いついたらね?」
〔ああ、頼む〕
 こうしてルーナの何気ない提案は、またひとつ便利な魔道具を世に送り出したのだった。



***



 ちなみに所謂消音が必要な場合用には、魔道具を媒体に遠隔で弱い雷撃を送ることで通話を知らせていたらしく、それを知ったルーナは「消音設定だけはやめよう」と心に決めたのだった。


- end -

side story より 
おまけSS『ある晴れた日の出来事』と微妙にリンクしてます。
2011/04/13 改訂