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ハロウィン普及委員会 Who is Jack?




 十月のとある日。
 ルーナはカインと共に本邸の庭を散策していた。
 そろそろ屋敷に戻ろうかと二人が進路を変えた時、ルーナは屋敷の裏門から入ってくる荷馬車に気がついた。
「ああ、厨房への食材を運ぶものですね」
 ルーナの視線を辿ったカインが、その疑問に答えるように口を開く。
「はじめて見たけど、ずいぶんな量なんだね……」
 布を被せられた山盛りの荷は、その重さを示すように二頭の馬がゆっくりと運んでゆく。
「それはそうでしょう。公爵家で働く者すべてを賄うのですから」
「たしかに……」
 説明に納得しながら、ルーナは好奇心に駆られてカインを見上げた。
「ちょっとのぞいてきてもいい?」
「は?」
「お願い! ちょっとだけだからっ」
 胸の前でぎゅっと両手を組み、潤んだ上目遣いで懇願されると、さすがのカインもグラリと理性が傾いだ。
「す、少しですよ?」
「うんっ!」
 渋々とカインが了承したのに満面の笑みで応えると、ルーナは駆け足で厨房の扉前へと着いた荷馬車へと近づいていった。
 荷物を下ろすため御者台から降りた男は、近づいてきた身なりの良い少女に戸惑った視線を向ける。しかしルーナはそんな視線を受け止めてにっこりと微笑んだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちは。お嬢さん」
「邪魔しないから見てていい?」
「へっ?」
 少女のお願いに、男は間抜けな声を出してまじまじと彼女を見つめた。
 これから男がやることといえば、荷台に積んだ野菜の積み下ろしだ。面白くもなんともない作業であり、見学する価値などどこにもない。
 どうしたものかと男が戸惑っていると、厨房の扉が開いてリヒトルーチェ公爵家の料理長、セオリオ・ポーターが出てきた。
「ハリス、いつもすまな……ってルーナ様!?」
「あっ、セオリオー」
 驚くセオリオに、手を振って応えるルーナ。ハリスと呼ばれた農家の男はその様子を呆気に取られて見守っていた。
「これ見せてもらおうと思って」
 にこにこと荷台を指差しながら説明するルーナに苦笑すると、セオリオは未だ呆然としているハリスに声を掛けた。
「こちらは公爵家のルーナ姫様だ」
「へ……えぇっ!」
 ぎょっと目を見開くハリスにクスクスと笑いながら、ルーナは「よろしくね」とにっこりと微笑む。
「ルーナ……」
 そんな彼女の無邪気な様子に、傍で見ていたカインはこめかみを押さえながらも脱力した様子でつぶやいた。
「あー、とにかくそれを下ろそうか」
「そ、そうだ……いや、そう……ですね」
 公爵令嬢を前に必死に敬語を取り繕うハリスに、ルーナは悪いとは思いつつも笑いが漏れるのを隠せなかった。
 セオリオの言葉に反応するように、厨房から何人かの人間が慌てて出てくる。どうやら入口にセオリオがいたため、動くに動けなかったらしい。
 ルーナは邪魔にならないように一歩下がると、荷台をおおっていた布が取られるのを興味深そうに眺めていた。
(この世界の野菜ってやっぱり面白い! あれなんか見たことないし……んん?)
 次々に運びこまれる野菜を観察していたルーナは、ふと荷台の後ろにいくつかおいてあるそれに気がついた。
 パタパタと荷馬車に近づくと、背伸びをして荷台の端に手をかけると、中のものをじっと見つめる。
「ルーナ様?」
「ルーナ、どうしたんです?」
 セオリオとカインの呼びかけにも応えることなく、ルーナの視線は一点にただ注がれている。
「大きいでしょう? スープなどにすると最高なのですよ」
 ハリスが両手に抱えて見せたもの、それは大きなカボチャだった。色といい形といい、まさに地球で見たのと同じものだ。
(カボチャだ……パンプキンスープにパンプキンケーキ、プリンもいいなぁ。わたし、カボチャって大好きなんだよねー)
 幸せな想像に頬を緩めながら、ルーナはキランッと瞳を輝かせてセオリオを見た。
「セオリオ、あれ頂戴!!」
「は?」
「お願い!あれ欲しいの!」
「はぁ……それはよろしいですが……」
 ルーナの熱意に思わずうなずいたセオリオに、彼女は喜びのあまり抱きついた。
「やったぁ! ついでにアレ作ろう!」
 浮かれてつぶやいたルーナの言葉に、戸惑っていたはずのセオリオが今度はキランッと目を輝かせた。
「ルーナ様、何を作られるのです? 私にも教えていただけますよね?」
 微妙に威圧感を感じながら、ルーナはセオリオにコクコクとうなずいてみせる。が、思いついたように訂正する。
「あのね、でも料理じゃないよ?」
「料理ではないと?」
「うん。まぁくりぬいたところは使える……かなぁ?」
 ルーナの言葉に不思議そうに首を傾げる、セオリオ、カイン、ハリス。
「じゃあね、今からやる?」
「わかりました。やりましょう!」
 妙にやる気のセオリオに釣られるように、カインもコクンと頷く。
 ハリスも参加したそうではあったが、あまり油を売っているわけにはいかないのだろう。名残惜しそうに仕事を終えると帰っていった。
 もちろんセオリオとて仕事があるわけだが、さすがに厨房の最高責任者。最後の仕上げには戻ると言い置いてルーナに付き合うこととなった。
 セオリオに大きなカボチャを持たせたルーナは、中庭に置かれたガーデンテーブルの上にそれを置くように指示すると、「じゃじゃーん!」という一声と供にその手に木炭を持って突き出した。
「いったい、何を?」
 きょとんと木炭とカボチャ、そしてルーナを見て首を傾げるカイン。そこまであからさまではないが、セオリオも不思議そうだ。
「これからジャック・オ・ランタンを作るのです!」
「じゃっく・お・らんたん?」
「そっ。二人とも手伝ってね」
 ルーナは顔に『?』マークを浮かべる二人を気にすることもなく、いそいそと持っていた木炭でカボチャに印を付けていく。
(記憶力もよくなったんだけど、なぜか地球で見たものとかの記憶がまったく薄れないのよね。これも神様の贈り物なのかなぁ?)
 そんなことを思いながら、ルーナは記憶にあるお化けカボチャのランタン――ハロウィンの象徴ともいえるジャック・オ・ランタンのデザインを目の前のそれに書いていく。
「なんですかこれ?」
「だから、ジャック・オ・ランタン」
「ジャックの顔ってことですかね? なんだか不気味な奴ですね」
 セオリオの訝しげな発言に、ルーナは堪えきれず小さくふきだし、慌てて口元を手で覆った。
「そうなの。ちょっと不気味なんだけどね」
 クスクスと笑いながらも、ルーナはてきぱきと手を動かしてその顔を完成させる。
「あっ、そだ先に下をくりぬかなきゃね。カイン、ナイフ貸してー」
 最後の言葉と供にカインに向けて手を差し出したルーナに、ぎょっとしたのはカインとセオリオだ。
「ナイフなんて危ないでしょう!」
「そ、そうですよ。指示してくだされば私がやりますから!」
「えー、そういうのが楽しそうなのに……」
「駄目です!」
「やめてください!」
 魔王が降臨しそうな雰囲気のカインと、半泣きになっているセオリオに降参したのか、ルーナはふぅっとため息をついて指示だけに留めることにした。
「じゃあ、まずはここを丸くくりぬいてね」
 ルーナの指示にセオリオは慣れた様子でナイフを操り、カボチャの底をくりぬいていく。どうやら意外にもこのカボチャ、皮はそんなに固くないらしい。
「そしたら、スプーンで中をくりぬくの。 これはわたしやりたいっ」
 いつの間にか用意した――知らない間に厨房スタッフから借りてきたらしい――スプーンを手にルーナが宣言する。
 大きなカボチャらしく、中にはたくさんの実が詰まっている。途中でルーナが疲れるとカインとセオリオが交代し、しばらくして、ようやく中身をうまくくりぬくことに成功した。
「なかなか奥が深い……」
 思わずつぶやいたセオリオに、カインも深くうなずく。そんな二人を余所に、ルーナはさりげなくテーブルに置かれたナイフを手に取ろうとした。
「これは駄目です!」
「うっ、カインの意地悪ぅ」
 目論見が失敗してぷっと頬を膨らませるルーナに苦笑しながら、セオリオはナイフを取るとルーナに指示を仰いだ。
「この絵にそってくりぬけばよろしいので?」
「うん。お願い!」
「かしこまりました」
 セオリオはルーナの描いた木炭の線をなぞるように、器用にナイフを動かしていく。それはだんだんと彼女の良く知るジャック・オ・ランタンへと形を変えていった。
 やがて最後の線と供に、三角の目がくりぬかれると、セオリオはナイフをテーブルにおいて息をついた。
「すごーい! セオリオ上手!」
 ルーナの喜びように苦笑しつつ、セオリオは出来上がったカボチャのお化けをしげしげと見つめた。
「やはり不気味な顔ですな、ジャックとやらの顔は」
「ふふっ。これってでも魔除けなんだよ?」
「魔除けですか?」
 カインも興味を引かれたのか真剣な様子でルーナに説明を求める。
「えっとね、たしか悪霊を追い払い、良いものを引き寄せるとか?」
「そんな効果がこんなものに……」
 しみじみとジャック・オ・ランタンを見つめながらつぶやくカイン。ルーナはクスリと笑って続けた。
「ここにね、釘かなにか刺して、ろうそくを固定するの。これでランタンの出来上がりでしょ?」
「なるほど。これは面白いですね」
 感心したようにカインとセオリオがうなずいた時、ルーナはこちらに近寄ってくる兄姉たちの姿に気がついた。
 その少し後ろには、彼女の両親である公爵夫妻までもがいる。
「あれ、皆揃ってどうしたの?」
 近づいてきた公爵家一家に、セオリオとカインは慌てて席を立つ。暢気に目を丸くするルーナに微笑みかけると、目敏いアマリーがテーブルの上のものに気がついた。
「ルーナ、なにこれ?」
「顔?」
 興味深そうにカボチャを取り囲む兄姉たちに、ルーナはクスクスと笑いながら先ほどと同じ説明を繰り返した。
「へぇ、おもしろそう! わたしたちも作りたいわ!」
「うん! 僕もやりたい!」
 盛り上がる兄姉たちに、セオリオは公爵に視線を向けた。すぐに了解とばかりにアイヴァンがうなずくと、セオリオは彼らに残りのカボチャを持ってくると告げた。

***

 運ばれてきた紅茶を優雅に楽しむ公爵夫妻の横で、公爵家の子供たちとカインは真剣な表情でジャック・オ・ランタン作りに熱中していた。
 手先が器用なカインとユアンは、セオリオの作ったものにも負けないような出来のランタンを作り上げている。
 アマリーとルーナは「もっとかわいらしくしよう」との下、いささか迫力に欠けるランタンが出来上がりつつあった。
 そして以外にも手先の不器用さを露呈したのは、長兄のジーンだった。
 目の位置が上下し、歯が欠けたそれは、お茶目な顔のジャックとなっていた。
 こうして作り上げたランタンたちは、さらにいくつかを足して公爵家の正門に堂々と並べて飾られることになる。
 それを見た者が公爵家の家人に尋ねたことから、「魔除けのジャック」は瞬く間に王都のあちこちで見られることとなった。
「それにしても、魔除けのジャックとはどんな聖人なのだろう?」
 そんな疑問を浮かべつつ、クレセニアでは毎年十月の末になるとカボチャのジャックが彫られるようになったのだった。

 街中に溢れたジャック・オ・ランタンを窓から眺めながらルーナはつぶやく。
「ランタンがこんなに流行るなら、trick or treatを流行らせるべきよね……。よし、来年はそっちを普及しよう!」
 ひとりそんな決意を固めるのだった。

- end -

WEB拍手として書いたものです。

2011/09/15 改訂