リセット 〜 Trial Version 〜



第2章 新たなはじまり 11



 次の日の昼下がり。
 ルーナはユアンの話す言葉をひと言たりとも聞き逃すものかと、身じろぎもせずじっと彼を凝視していた。その鬼気迫る様子に、のんびり屋の兄も気圧されながら妹に声をかけた。
「ル、ルーナ?」
「なぁに、兄しゃま」
「そんなに見られるとやりにくいよ」
「……はぁい」
 兄の困った様子に、ルーナは睨みつけるような視線を解いた。
「じゃあ、いい? まずは見本を見せるね。この魔法語は治癒魔法の基本なんだ」
 そう言ってユアンは目を閉じると、おもむろに呪文をつぶやいた。
『サザール・ディア』
 詠唱と共にユアンの左手の上に白い光が灯される。ルーナがその暖かな光に見とれていると、ユアンは彼女の手を右手で取って光に近づけた。
「あったかぁい……」
 囁くルーナにユアンは優しい微笑みを浮かべた。
「『サザール・ディア』は魔法語で癒しの光を意味するんだ。この光の源はね、詠唱者の魔力なんだよ。傷を負ったり、身体の弱ったものにこれを分け与えて治癒するんだ」
「はぁい」
 ユアンの説明に大真面目にうなずくルーナ。ユアンはそんな彼女に合わせて先生ぶってみせる。
「じゃあ、まずはルーナもやってみようか」
「うんっ」
「僕に続いて唱えてみて――『サザール・ディア』」
 ユアンに続いてルーナは呪文を口にする。
『しゃじゃーる・ディア』
 刹那、ルーナの頭に二つの文字が浮かぶ。古代魔法言語《エンシェントマジックスペル》だ。それが浮かんだ途端、ルーナの指先にぼぉっとぼやけた白い光が現れた。
「あっ……」
 ルーナが驚きの声をあげる。だが光はすぐにその指先から消えてしまった。
(ま、魔法だ! 魔法が使えた!)
 驚きと興奮と感動で、ルーナはふるふると震える自分の指先を見つめる。
「頭に魔法語は浮かんだ?」
 ユアンの問いにルーナは興奮したままうなずいた。
 そういえばあれはなんだったのだろう? その答えはユアンが明かしてくれた。
「魔法語を解するっていうのは、そういうことなんだよ」
「んんっ?」
 きょとんと首を傾げるルーナに苦笑しながら、ユアンは思案しながら口を開いた。
「えっと、覚えるとは違って、魂に刻み付けられるって感じなんだ」
 ユアンの言っていることは難しかったが、先ほど体験した感覚を思い起こせば、なんとなく意味するところがわかった。
 覚えるとは違う、刻み付けられるような焼きつけられるような感じで、記憶するのとは違い、絶対に忘れることはないとわかる。
「魔法語をただ口にするだけなら誰でもできるよね。でもそれだけで魔法が発動しないのは、魔法語を解する――つまりさっきみたいに魔法語の呪いを理解し、その『呪』を魂に刻まれる必要があるからなんだ。そして解するっていうのにも才能が必要で、どんなに大きな魔力を持っていても、才能がなければ役にたたない。逆にその才能があったとしても、魔法を発動させるだけの魔力がなければ意味がないんだ。だから高位魔法を使える魔法使いが、貴重で尊敬されるんだよ」
 ユアンの説明にルーナはうんうんと真剣な表情でうなずいた。
(つまり、ゲームとかで魔法の巻き物を使う感じだよね。魔法語の才がレベルみたいなもので、例えばレベル10で覚えられるっていう巻き物があったとすると、そのレベルに足りない者は巻き物を持っていても魔法が覚えられない。レベルに達して覚えることができる人でも魔力、つまり規定の魔力量がなければそれを唱えることが出来ないってことだよね?)
 自分のゲーム知識に置き換え、なんとなく勝手に理解したルーナは、もう一度同じことを試してみた。
『しゃじゃーる・ディア』
 呪文と共に弱い光がルーナの指先に灯る。だがすぐまた消えてしまい、ユアンが見せてくれたものとはどう見ても違う。
「なんでぇ?」
 不満そうにルーナがつぶやくと、ユアンは困った顔で彼女を見た。
「うーん、発音、かなぁ……」
(ガーン……)
 がっくりと頭を垂れるルーナに、どう慰めようかと慌てるユアンだったが、ちょうど鳴り出した時計のオルゴールに救われた。
「えと、今日はこのくらいにしよっか?」
 未だ落ち込んでいる妹に、ユアンは誤魔化すように授業の終わりを告げたのだった。