リセット 〜 Trial Version 〜



第2章 新たなはじまり 07



 緩やかに、優しく時は流れる。
 人生を『リセット』し、異世界に転生した千幸ことルーナは、三歳の誕生日を迎えていた。

 クレセニア王国、王都ライデールにある広大なリヒトルーチェ公爵家の本邸。
 その一階の中庭に面した図書室は、子供たちの学習室としても使われている。
 天井まである書棚には、びっしりと隙間なく本が置かれ、部屋の中央には大きな長方形のテーブルと椅子。窓際にはゆったりとしたカウチの他に、ロッキングチェアも用意されている。
 その他にも星空を描いた天球儀や、世界地図が貼られた衝立、さらに珍しい他国の民芸品などもあちこちに飾られていた。
 そんな遊び心も満載な図書室のテーブルで、ユアンと彼の魔法の教師、トールが向かい合っていた。
「前回まで治癒魔法の基本をお教えしましたが、今日からは防御魔法について学びます」
「はいっ」
 素直に返事をする教え子に、教師は満足げにうなずいて続ける。
「まずは基本の防御魔法を勉強しましょう」
 そう言うと教師はテーブルの端に飾られていた花瓶を、中央へと持ってきた。
「この花瓶の周りに防御障壁を張りめぐらします――『ラノア・リール』」
 教師である魔法使いが呪文を唱えると、一瞬花瓶の周りに透明な箱が現れて白く光った。
 すぐに見えなくなった防御壁だが、ユアンが花瓶に触れようとすると不可視のガラスがあるかのようにその手が弾かれた。
「これは一番単純な防御魔法です。『ラノア・リール』は古代魔法言語で障壁を意味し、すべての防御魔法の基本の言語となる呪文なのです。高度なものになれば、様々な効果を付加できるようになるので、しっかりと使いこなせるようにならねばなりません」
「はい、先生」
「では集中して呪文の詠唱を」
 ユアンは教師の合図にうなずくと、真剣な表情で魔法を唱えた。

 サンクトロイメで最も一般的な魔法は、かつて存在した古代魔法文明の流れを汲む古代魔法言語を使用したものだ。
 魔法言語、または魔法語とも呼ばれる古代魔法言語は、言葉ひとつひとつに意味があり、力が宿っている。
 その言葉に宿る呪いを媒体に、自分の魔力を発動させ、様々な事象を起こすのが魔法だった。