リセット 〜 Trial Version 〜



第1章 不幸少女の最大の不幸 09


「千幸さんは欲がないのですねぇ。といいますか本当に女子高生ですか? なんか達観しすぎというか……」
「うるさいなぁ。生まれてから十八年。色々ありすぎてこんな性格になっちゃったのよ! てか、欲がないとは言わないわよ? やっぱりあんまりおばかなのや、不細工っていうのは遠慮したいし。あっ、あとお肌の手入れがいらないような美肌が欲しい!」
「マニアックなとこつきますね……」
「うっさい! 肌は基本なのよ。玉のお肌は七難隠すって施設の院長先生が言ってたんだからっ」
「それ色白ですよ。まぁ根本的には間違ってませんが」
 ミチオはそう言いながら、懐から手のひらサイズの白い手帳を取り出した。「容姿・生まれはおまかせ……」とつぶやきながら、開いたページにレトロな羽根ペンで書き込んでゆく。
「リクエストは美肌だけですね?」
「うん」
 ふむふむとうなずき、ミチオは手帳で何かを確認したり記入したりした後、顔を上げた。
「家族構成の項目はよし……と。美肌も問題ないですよ。手入れなどしなくても、つるつるピカピカのお肌が貴女のものです」
「やったぁ!」
 嬉しそうに手を叩く千幸を、ミチオは微笑ましく眺めている。
「喜んでもらえてこちらも嬉しいです。では次に特殊技能ですねぇ」
「特殊技能って何?」
「運動神経とか、音楽とか芸術の才能とか、記憶能力、ずば抜けた頭脳とかでしょうか。別の世界を選ばれるのでしたら、その他に剣とか魔法なども……」
「ま、魔法!!」
 魔法という言葉に千幸の目がカッと見開き、ミチオは思わず一歩後退る。
 実は千幸、施設を出て一人暮らしをしてからというもの、ゲームに嵌まっていた。
 もともとファンタジー系の小説などが好きだったこともあり、古いRPGゲームを友人に借りたことをきっかけに、今ではすっかりゲーマーになってしまったと自負している。
 そんな千幸にとって、魔法は憧れのものなのだ。
「魔法使いになりたい! それも色々な魔法が使えるって感じで!!」
 勢い込む千幸に、ミチオは例の手帳をペラペラとめくりながら説明していく。
「魔法使いですかぁ……えーと、魔力系と精霊系、召喚なんかがありますね。色々って言うなら、今言ったのが全部使えるっていうのも可能ですよ」
「ま、マジですか!? もちろんそれでお願いします!!」
「魔法となると、そうですねぇ……ここなんかどうです?」
「どこ?」
「サンクトロイメと呼ばれる、剣と魔法の世界ですよ」
「それいいっ! 是非そこで!!」
「わかりました。では貴女の転生先の世界はサンクトロイメで」
「はいっ!」
 先ほどまでミチオを冷ややかに見ていた千幸だが、今はまさしく神を見るかのような眼差しだ。
「ただそれだけオールラウンドになると、その世界での役割も大変になっちゃうかもですが……」
「リアル魔法使い! うわぁ楽しみになってきた! 早く転生しよう!」
 千幸は魔法使いという言葉に浮かれ、ミチオが小さくつぶやいた言葉をまったく聞いてはいなかった。――そこに落とし穴があることは思いもせずに。
「じゃあ、それ以外については神様がお決めになりますが、よろしいですね?」
「うん、おまかせでいいよ。あ、そだ。転生したらこの記憶はどうなるの?」
「千幸さんの記憶は残すことも、消すこともできますよ」
「へぇ……じゃあ残しておいてほしいかも」
 ミチオは千幸の言葉に驚いて目を瞠った。千幸の人生は決して覚えていて楽しいものではないはずだ。それなのに残しておきたいのだろうか? と。
 その問いを表情から読み取ったのだろう。千幸が口を開く。
「んー、次のわたしの人生って結構幸せそうじゃない? 両親揃ってるし。だからさ、覚えていた方がいいと思って。そしたら大事にできるでしょ。いろんなものを」
「千幸さん……」
 照れたように笑う千幸をミチオはまぶしげに見た。
 あのような『負』ばかりの人生でありながら、千幸の魂は穢れることなく美しい。これなら役割も十二分に果たしてくれるだろう。
それとは別にミチオは思う。平穏とはいい難いであろう転生後の世界で、彼女が幸せになれるように、と。
「わかりました。千幸さんの記憶は残します。あっ、千幸さんの意識は自我が目覚める頃まで曖昧にしときますね」
「ふぅん、よくわかんないけど、おまかせするよ」
「では、逝きますか?」
「了解!」