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ハロウィン普及委員会-2011-




「うわぁ、大量すぎ!」
 両手を腰に当て、ルーナは途方もくれたように首を傾げた。
 彼女の目の前には、大量のオレンジ色。つまり刳り抜かれたカボチャの中身が、大きなボウルに何杯も山盛りにされているのだ。
 ことの発端は去年。
 前世でのハロウィンを思い出したルーナが、ジャック・オ・ランタンを作成し、出来上がったそれを公爵邸の正門前に並べたことだ。
 意外なことに、この一見不気味なカボチャのランタンは、魔除けというのが関係してか王都であっさりと受け入れられる。
 そうして今年も十月がやってきた途端、あちこちでジャック・オ・ランタンが飾られるようになった。
 ここリヒトルーチェ公爵家も、カボチャランタンが作られることになり、今年は自宅にも飾りたいという使用人のため、公爵が大量のカボチャを購入したのだ。
 しかし早速ランタン作りに取りかかったのは良いが、カボチャから出た大量の中身については、正直誰も考えてないかった。
 自宅に持ち帰る者は良いが、公爵邸に飾られる分だけでもかなりの量だ。
「スープや料理にするにしても……あっ!」
 つぶやいたルーナは、良いことを思いついたとばかりに手を打ち鳴らす。
「ふふふ、そうだよ、そういうことだよ。うん」
 にまにまと一人で笑いながら、ルーナはボウルを三つに分けていく。それを見て、控えていた厨房の料理人が不思議そうに尋ねた。
「一体どうなさるのですか?」
 彼女はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに満面の笑顔になる。そしてそれぞれの山を指差して答えた。
「これがパウンドケーキ。こっちがクッキー、んでこれがマフィンだよ」
「は……?」
「だからね、この材料でパウンドケーキとクッキーとマフィンを作るの。それも大量にね!」
「確かにこれだけあれば、かなりの数が出来るとおもいますが……」
 誰が食べるのです? と疑問を顔に貼り付けた彼に、ルーナはクスリと微笑む。
「いいからいいから。でもね、一人ではさすがに無理だから、悪いけどその時は手伝ってね」
 にっこり微笑まれてお願いされれば、否と言えるはずもない。周りで様子を窺っていた他の料理人やキッチンメイドたちも揃ってうなずいた。
 そんな彼らを余所に、ルーナは独りごちる。
「とりあえず、当日まで凍らせて保存かなぁ」

***

 十月末日を明日に控えた日。
「おつかれさまでした!」
 ふうっと大きく息を吐き、ルーナはペコリと頭を下げた。
「そんな、ルーナ様」
「私共に頭を下げられるなど、もったいない」
 手伝ってくれた全員に頭を下げて礼を言うルーナ。そんな彼女に料理人やメイドたちは慌てて両手を交互に振る。
 貴族令嬢としては、こういった場合でも頭を下げるのは間違っているかもしれない。しかしルーナは、きちんと感謝を伝えるべき時は自然と頭が垂れるものだと気にしていなかった。
 それは彼女の前世が日本人というのも、大いに関係しているのかもしれない。
 なにはともあれ、ルーナの目の前には出来上がった大量のお菓子がところ狭しと置かれている。
「ルーナ様、このように大量にお作りになって、いったいどうなさるのです?」
 全員の疑問を代表してか、公爵家の料理長であるセオリオがルーナに尋ねる。
「ふふ。明日ね、中央公園でお祭りがあるでしょう? そこで配るんだよ」
 ルーナの言葉を聞いたメイドの一人が、「ああっ」と声をあげた。
「月始めから告知されていたものですね!」
「それなら知ってるわ。『子供は偉人や聖人、天使や精霊などを思わせる仮装をして中央公園に』っていう告知ね」
 周りが情報交換ではしゃぎ合う中、ルーナはクスクスと笑いながらその光景を見守っていた。
「ルーナ様、これは一体?」
 なんのことかわからなかったのだろう。セオリオが首を傾げながらルーナへと疑問をなげかける。
 それにふふっと楽しげに笑うと、ルーナは「実はね」と話し始めた。
「去年のランタン作りのことを知った陛下が、今年は王都で大々的に飾り付けをしてみたいとおっしゃったの」
「ほう……」
「それでね、どうせならお祭りにしましょうって言ったら、すっかりその気になられたみたいで」
「なるほど。それが中央公園でのお祭りなのですね」
 納得したとばかりのセオリオに、ルーナはコクコクとうなずいてみせる。
「お祭りではね、子供は『trick or treat』っていう合い言葉を言うと、お菓子が貰えることになってるの」
「それは一体どんな意味の呪文なのですか?」
 真剣に聞き返すセオリオに、ルーナは吹き出すのを必死に堪え、真面目な表情を作って答えた。
「意味はねぇ『お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ!』だよ」
「それはまた……」
 冗談なのか、本気なのかはかりかねたのか、セオリオは顔を顰めて考え込む。
「子供たちは皆、偉人や聖人、天使や精霊なんかの格好をしてるでしょ? つまり、お菓子をくれないと加護が与えられないよってことなの」
「なるほど、なるほど。ですから仮装なのですね」
「そういうこと」
(本来のハロウィンとはだいぶ違うけどね)
 ルーナは心の中で付け足しつつ、こっそり微笑む。
 地球のハロウィンのように魔女や吸血鬼といった魔物に変装するのは、身近に魔物の脅威があるサンクトロイメでは無理があった。そのためルーナが考えたのは、天使や精霊、それに聖人や勇者と呼ばれる偉人たちに扮装することだ。
 子供たちはそれぞれ仮装して会場に行き、合い言葉を言えばお菓子をもらって帰ることができる。
 もちろん孤児や経済的理由などによって、仮装衣装を用意するのが難しい場合にもそなえ、衣装の貸し出しなども国主導で行われることになっていた。
「お菓子は色んなところから寄付されるみたいだから、これも寄付して皆に食べてもらえれば嬉しいでしょう?」
「そうですね。とても良い考えだと思いますよ」
 セオリオの言葉に、ルーナは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「さて、あとは明日までお菓子が傷まないように、魔法をかけてっと……うん、明日が楽しみだね!」
「そうですね」
 難しい魔法を片手間に唱えるルーナに驚きつつも、セオリオはそう言ってうなずいた。

***

 ルーナによってハロウィンと名付けられた祭りの当日。
 会場は東西南北、四区の中央に位置する、中央公園だ。五十年ほど前につくられた巨大な噴水を中心とする公園は、王都の民たちの憩いの場となっている。
 その中央公園のあちこちにもジャック・オ・ランタンが飾られ、いつもとは違った雰囲気を醸し出していた。
 薄闇迫る時刻、会場には保護者や友達と連れだった子供たちが集まりだしていた。
 皆、告知された通りそれぞれ仮装に身を包んでいる。
 ある者は白いドレスに冠といった、聖女の扮装を。またある者は、全身を赤い衣装で固め、炎を象ったサークレット――これはきっと炎の精霊に扮しているのだろう――を身につけていた。
 様々な扮装の子供たちは、それだけでも目に楽しいものだ。
 そんな中、一際目立つ一団が会場の中央、警備のため主に貴族の子女たちが集まる場所にいた。
 言わずと知れた公爵家の面々だ。
 ルーナは銀髪を緩く巻いて波打たせ、白い羽根が飾られたサークレットを額につけている。衣装は銀糸で刺繍が施された白い長衣で、背中には精巧に作られた小さな羽根がついていた。
 アマリーは白いチェニックに、上半身は赤い軽甲冑。長い金髪は高い位置で結い上げられていた。彼女はクレセニアの戦乙女と呼ばれた、女将軍に扮していたのだ。
「せっかくだし、兄様やカインたちも仮装すればいいのに……」
 ルーナが残念そうに、仮装ではない普段着の兄やカインに向けて言った。
「いや、もう私は子供という年じゃないからね」
 ジーンは不服そうなルーナに苦笑しつつ、言い訳する。
「確かにジーン兄様は子供じゃないけど、ユアンとカインはちゃんと仮装するべきよね」
 アマリーはビシッと指を伸ばすと、ユアンとカインへ交互にそれを突き出した。
 ビクッと体を震わせたのはユアン。彼は引き攣った顔で姉を見る。
「僕だって、お菓子をもらうような年は過ぎてるよ」
「貴方ならまだ大丈夫よ」
「……それは僕が童顔だと!?」
「そうとも言うわね」
 あっさりうなずかれ、大きなダメージを受けたユアンはガクッと肩を落とした。
「それにしてもカイン。ルーナの護衛なんだから、ちゃんと傍にいないといけないわけでしょ。だったら雰囲気を壊さないように仮装くらいしなさいよね」
 矛先をかえたアマリーは、カインへ言い募る。
「仮装などしていては、いざと言うとき役に立ちませんから」
 さらりと涼しい顔で受け流すカインを、アマリーはキッと睨み付けた。
「相変わらずおカタいわね! でもそれならそうと、動きやすい扮装を考えればいいでしょう?」
「それこそ時間の無駄ですから。それにいい年をして、子供の祭りに参加などとは……すみませんが僕には出来かねます」
 申し訳ないという顔でカインは頭を下げる。
(いい年ってカイン。……姉様と同い年だよね?)
 ルーナが気づいた嫌味に、アマリーが気づかぬはずはなかった。
「なーんーですってーー!」
「おや、何か気に障りましたか?」
「くっ……この性格破綻者! 貴方には魔王の扮装がお似合いだと思うわ! なんでやらないのかしら?」
「魔王ですか? それは祭りの趣旨に反すると思うのですが?」
「キィーー!」
 熱くなるアマリーと、冷えた眼差しで一刀両断するカイン。相変わらずの二人に他の兄妹たちは静かに肩を竦める。
(でも姉様、魔王って本来のハロウィンには実は一番合ってるかもだよ)
 ルーナはこっそり心の中でつぶやくのだった。


 こうして今年のハロウィンは大盛況で終わりを告げる。
 評判を聞きつけた近隣の街もこぞって真似をし、年を追うごとにハロウィンはサンクトロイメ全土に広がっていくのだった。

Trick or Treat ! and Happy Halloween!!

 


- end -

WEB拍手として書いたものです。

2011/12/17 改訂