サンクトロイメにおいての週末。光、闇曜日と続く二日間は学生にとっては待ちに待った休息日となっている。
レングランド学院に通う公爵家の兄姉たちにとっても、週末の二日間は寮から帰宅できる貴重な日だった。
そんな週末を控えた雷曜日の夜。
リヒトルーチェ公爵本邸において、ジーン、アマリー、ルーナというユアンを除いた三兄妹がそろって顔をつき合わせていた。
「うーん、どうにかしろって言われても……」
「そうだな」
開いた手紙を見つめながらルーナが困惑した声を出すと、 ジーンも眉間に皺を寄せてうなずく。
「ねぇ、いったい何が書かれているのよ?」
兄と妹の様子に、アマリーは我慢がならず口を出すと、ルーナの後ろから手紙をのぞき込んだ。
ユアンの寝起きの悪さをなんとかしろ。
フレイル
「なにこれ……」
一言だけ書かれた内容に、アマリーは呆れた声をあげた。そんな姉の様子にルーナは苦笑を漏らしてジーンに目配せした。
「わたしも知らなかったんだけどね、ユアン兄様ってそれはもう、寝起きが悪いんだって」
「そんな、大げさな」
ルーナの説明を一笑に付したアマリーだったが、微妙な表情のジーンを見て笑顔を引っ込めた。
「大げさだと僕も思ったんだが、どうやら笑い事ではないんだよ」
「そうなの。姉様知ってる? ユアン兄様を起こす係っていうのが、メイドさんたちの間で毎回熾烈な回避争いをしてるって。回避だよ、回避」
「そんなに?」
コクンと同時にうなずく兄と妹に、アマリーは言葉を失った。
公爵家の面々へ起床を促すのは使用人の仕事だ。それ故にユアンの寝起きの悪さが今まで家族に知られることがなかったのは納得できる。そして回避争いというくらいなのだから、この手紙の内容は本当のことなのだろう
「とりあえず、どんな感じか明日たしかめてみましょう」
「そうだな」
「うん」
うなずきあった公爵家の兄姉妹は、こうしてユアンの寝起きの悪さを調査するため、明日の早起きを誓い合ったのだった。
■ ■ ■
やってきた光曜日の早朝。
ルーナとジーン、そしてアマリーはそっとユアンの部屋へと入り込んだ。
「あら、ぐっすりねぇ」
寝台の横に立ち、すやすやと健やかな寝息をたてる弟を見下ろしながらアマリーが微笑む。
「本当だな。じゃあまずは揺すって起こしてみるか」
そう言ってジーンは、ユアンの肩に手を置いて揺さぶる。
「ユアン、起きろ」
「うぅーん……」
兄の呼びかけにうなり声で答えたユアンは、その手から逃れるようにぐるんと横を向く。その間にも揺さぶられ続けているのだが、いっこうに彼の目が開くことはなかった。
「普通この辺で起きるわね」
「だよねぇ……」
「じゃあ、次はわたしね」
アマリーは兄に場所を替わるように言うと、横向きに寝ているユアンの耳元に顔を近づけた。
「ユ・ア・ン。起きなさーーーい!!」
横で見守っていたルーナたちの鼓膜さえも震わせる大音量の叫び。一瞬それを耳元でやられたユアンに同情したルーナだったが、次兄に目を向けた瞬間、その思いも吹き飛んだ。
――ぐっすりなのだ。笑顔付きで。
「ありえない……」
せめて眉を顰めるなどといった反応があればわかる。しかしユアンはといえば、アマリーのはた迷惑な声量にも反応せず、すやすやと眠ったままなのだ。
「これは起こすのが大変っていうのは嘘じゃないわね……」
肩を竦めるアマリーに、ルーナとジーンは思わず大きくうなずいた。
「じゃあ、今度は……」
知らずジーンのスイッチを押したらしいユアン。長兄はふふふっと黒い笑みを浮かべると妹たちに離れるように指示を出す。
「ジーン兄様……いったい何を?」
おそるおそる尋ねるルーナに、ジーンはにっこりと笑うだけで答えをくれることはなかった。
彼は弟の安らかな寝顔を見下ろすと、おもむろに魔法語を詠唱した。
『ジオ・シャルネ』
短い呪文が終わると共に、小さな雷がユアンへと放たれる。魔力の放出が抑えられていることから、軽い電気ショック程度の雷撃だとはわかる――とはいえ間違いなく目が覚めるほどの雷撃を浴びるわけで。
「に、兄様っ!」
思わず叫んだルーナだったが、次の瞬間、大きく目を見開いた。
雷撃は容赦なくユアンに襲いかかったものの、それが彼を害することはなかった。ユアンに届く寸前、白く輝く防御壁によって遮られたからだ。
「防御魔法……」
「なんで防御魔法が!?」
呆然とするルーナと、思わず怒鳴るアマリー。ジーンは未だむにゃむにゃと寝言をつぶやくユアンへ、呆れた視線を向けている。
「これはたぶん、無意識に唱えたっぽいな――『ラノア・リール・ゼレオム・シード』」
話の途中、魔法攻撃に特化した防御魔法を唱えるジーンに、ルーナたちは目を瞠る。直後、ジーンに向けて放たれる中位の火系魔法。どうやら先ほどむにゃむにゃとユアンがつぶやいていたのは、寝言という魔法語だったようだ。
「攻撃されたら反射的に反撃か。おそろしく厄介だな」
(ちょっ、ユアン兄様、どんな迎撃システムですかっ)
ルーナは寝ぼけたまま詠唱するユアンに突っ込みを入れつつ、弟を起こすために魔法攻撃するジーンにも呆れた目を向けた。
「まぁ、魔法攻撃で起こすような使用人はいないだろうから、その危険はなかったのが幸いね」
引き攣った顔でアマリーが言えば、ルーナは額に手をやって答える。
「でもフレイならやったかもね……」
「なるほど。手紙を書きたくなるのもわかるな」
腕を組んだジーンは、納得とばかりに深くうなずく。
「そうね。フレイルって子は、最近ユアンと同室になったんだったかしら?」
「うん、そうなの。……なんでもその前に兄様と同室だった人は、兄様を起こすために起床時間の二時間前からがんばってたらしいって」
「それは……」
絶句するジーンとアマリーに苦笑すると、ルーナはとてとてと寝台の横に近づいていった。
「そろそろ目が覚めてこないかなぁ?」
ふにゃりと笑って眠るままのユアンにつぶやくと、彼女は彼の頬へと人差し指を伸ばした。
「兄様、起きて。朝だよ?」
ツンツンとユアンの頬をつつきながら声をかける。すると今までピクリともしなかった彼の閉じたまぶたが震えた。
「あら、反応が違うわね。ルーナもう一度声をかけてみて」
「うん」
アマリーの指示にうなずくと、ルーナはユアンへともう一度声をかけた。さらに彼の肩へと手をかけて揺さぶるのも忘れない。
「ユアン兄様? 兄様、起きて?」
「うんんーーんっ」
うなり声と共に、パチリと唐突にユアンの瞳が開く。彼は自分の寝台を囲む兄姉妹に驚いたように目を見開いた。
「あれ、なんで兄様たち?」
きょとんと首を傾げるユアンの様子に、その場にいた全員がガクッと肩を落としたのだった。
こうしてユアンの寝起きの悪さが確認された後、レングランド魔道具研究所にて、人の声が録音された『目覚まし時計』なるものが開発されたのはまた別の話。
それによって、ユアンの寝起きの悪さが改善されたのもまた別の話だ。
おまけ
「それにしてもルーナの声には反応するとか、ユアンって大丈夫かしら」
「妹至上主義(シスコン)だからな」
兄と姉の勝手な言い分に反論できないがゆえ、ユアンは心の中で叫んだのだった。
(それは貴方たちも一緒でしょうがっ!!)
- end -
WEB拍手として書いたものです。
2011/12/17 改訂