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豆まきをしよう!




 まだ寒い冬の最中。
 もう少しで二月になろうという日、ルーナは自分専用の厨房、皆が密かに「ルーナの研究室(ラボ)」と呼ぶ建物の中にいた。
「今日は何を作ろうかなぁ?」
 頭の中で様々なレシピを思い浮かべながら、ルーナは保存室に持ち込まれた食材を眺めていた。
 この保存室、ようするに大きな冷蔵庫なのだ。
 部屋全体に氷系魔法を組み込み、さらに<増幅>の魔法を組み合わせることで、四季を問わず最適温度を保てるようになっている。
 ちなみに厨房建設の折、ルーナが提案し、リュシオンを通して知り合ったレングランドの魔道具研究所所員によって作成してもらった一品であり、近いうちに小型化されたものが製品化される予定だ。
 食材を確認していたルーナは、ふと奥に置かれた小さめの麻袋に気がついた。
「これなんだろう? あ、大豆かぁ」
 袋に書かれた名前から納得し、早速蓋を開けたルーナは、そこに入っているものに思わず声をあげた。
「豆、でかっ!」
 思わず声をあげたルーナは、袋の中から豆を一粒取り出した。
 一粒といってもゴルフボールほどの大きさを要するそれは、まさしく大きい豆、大豆だ。
「これが噂のおばけ豆かぁ」
 今まで噂だけは聞いたことがある、さる地方の特産品種。蛇足だが味は最高らしい。
 まじまじと大豆を見つめるルーナは、ふと脳裏に浮かんだ光景に「ふふっ」と楽しげに笑った。
「よし、試してみよう!」
 よいしょっと大豆の袋を持ち上げたルーナは、にこにこ顔で独りごちたのだった。


***


「リュシオン殿下、ルーナレシア様がおいでだそうです」
「ああ、通せ」
 本を広げたまま、何家なく家令に指示したリュシオンは、数秒後その判断を深く後悔することになった。

 ――コンコンコンッ
 ノックの音に「入れ」と、やはり本を見たまま告げたリュシオンは、その気配がよく知る少女のものと気づいており、フッと口元を緩めた。
「リュー」
 いつものごとく、そう彼の愛称を呼んで駆け寄る少女を思い浮かべていたリュシオンは、次の瞬間、額にとんでもない衝撃を受けて絶句した。
「鬼は外〜♪」
 妙に可愛らしい掛け声と共に、リュシオンの目に星が浮かぶ。
(なんだ!? 襲撃か?)
 思わずそんなことを考えた彼を、誰も責めはしないだろう。
「な、何をするっ!」
 怒鳴るリュシオンに、攻撃を加えた元凶――ルーナは、キャッキャと楽しそうな声をあげ、もう一度彼に向けて何かを投げつけた。
「鬼は外〜♪」
 今度はその何かをすかさず受け止めた彼は、それが巷で「おばけ大豆」と呼ばれる、さる地方の名物豆であることに気がついた。
「なんだこれは……」
「だから、鬼は外〜♪ だよ?」
 クスクスと笑ったルーナは、そういい残すと軽い足取りでその場から去っていった。
 残されたリュシオンは色々な意味で言葉も出ず、呆然としている。
「鬼……」
 微妙にショックを受ける彼は、その意味をルーナに教えられるまで地味に凹んでいたとか……。


 その頃、ルーナは――
「あ、『福は内〜♪』って言うの忘れてた! ……ま、いっか?」


***


 パタパタと近づいてくる足音に気づくと、カインはその顔にふわりとした微笑みを浮かべる。
「今日の勉強は終わったのかな……」
 ルーナを迎えるために優雅な動作で椅子から立ち上がった彼は、扉へと向かおうと一歩を踏み出そうとした。
「カインー!」
 彼が近づくより先に扉が開くと、満面の笑顔のルーナがカインの名を呼んだ。
「勉強、お疲れ……」
「鬼は外〜♪」
 ――ドスッ
 腹部に強烈な一撃を受け、カインは前のめりに身体を折った。
「あれ?」
 カインの様子に首を傾げたルーナは、俯いたままの彼から吹き出す暗黒オーラに凍りついた。
「あはは……ご、ごめんね?」
「ごめんで済んだら、死刑は必要ないのですよ?」
「し、死刑……なんで最高刑!」
 ひえっっと真っ青になるルーナへ、極上の笑顔――ただし目は笑ってない――を浮かべたカインは手に持った大きな豆を彼女へと差し出した。
「これはなんだ? それに『鬼』とか失礼なことを言ってたよな?」
「ひっ……」
(カインは鬼じゃない、魔王だ! 鬼よりタチが悪いかもっ)
 ルーナの心の声が聞こえたはずもないのだが、カインはさらに笑顔になり、彼女を恐れおののかせる。
「まあ、立ち話もなんです。どうぞこちらへ」
 トントンッとテーブルを指先で叩いたカインに、ルーナは涙目でこれから数時間の苦行(お説教)が始まるのを覚悟したのだった。


***


 魔王のお説教に死ぬほどヒットポイント、いわゆる生命力を奪われた勇者ルーナ。
 げっそりとやつれた頃、これ以上ないタイミングで父に呼ばれ、彼女は嬉々としてカインの部屋を出た。
 ついでにと自室によったルーナは、テーブルの上に用意してあった小さな籐かごを手に取った。
「父様、母様〜」
 嬉しそうに言いながら扉を開けたルーナは、そこにこの国の最高権力者、クレセニア国王バートランドが同席していることに気がついた。
「へ、陛下!?」
 慌てて礼を取るルーナに、国王は笑顔で首を振った。
「良い、気にするな。ところでそのかごは?」
 ルーナの持っている籐かごに目敏く気づいた彼は、好奇心を隠さず問いかけた。
「えっとですね。今日は節分という日なんです。で、この日に豆を食べると一年間健康でいられるっていう……さる地方の言い伝えがありまして」
「ほお、またそれは面白い文献を見つけたものだな」
「あはは……」
 引き攣り笑いを浮かべたルーナに近づくと、国王はかごの中を覗きこんだ。中には先ほどカインたちへの投げたもの(凶器)とは違う、普通サイズの大豆が入っている。
「炒り豆か」
「はい。これを年の数食べるといいんですよ」
 にっこりと微笑んで、三人へとルーナがかごを差し出した。
「まぁ……じゃあわたくしは25個かしら」
 にこにこと笑顔で母ミリエルが言ってのけると、同じく笑顔でアイヴァンが言った。
「じゃあ俺は30だな」
(いや、見た目たしかにそれでも通りますけど……)
 ルーナは「本当は違うだろ!」という突っ込みは心の中でだけに留めることにしたが、親友とその妻の物言いに国王だけは呆れた様子で指摘した。
「おまえら、それは誤魔化しすぎだろ」
「陛下、女性の年齢に異を唱えるのは無粋ですわ」
「ああ、そんなんだからおまえはもてないんだ」
(母様、なんか黒いです……)
 息の合った親友夫婦に責められ、国王は心なしかしょんぼりと肩を落とす。
「ま、まぁ、陛下もいかがですか?」
 ルーナがとりなすようにかごを差し出すと、彼は瞬時に元気を取り戻し、手を出しながら言った。
「お、おう! よし、俺はハタ……「「46だな(ですわよね)」」
 即時入ったつっこみに、国王は口を開けたまま言葉を噤んだ。
「えーと、では46個」
 ルーナが国王の手にきっちりと46個の豆を置くと、彼は黄昏た眼差しで彼女を見た後、自棄になったようにすべての豆を口に放り込んだのだった。


***


 父に同行してレングランド学院に到着したルーナは、迎えに出たユアンと共に彼の部屋へと向かった。
 ユアンのルームメイトは、一年前からフレイルになっている。偶然にもお互いのルームメイトが退校したための措置だった。
「兄様、フレイは部屋にいる?」
「ん……たぶんいるんじゃないかなぁ?」
「そっか、あのね……」
 自分のために屈んでくれたユアンの耳へと、ルーナはごにょごにょと囁く。
「なるほど、それって面白い風習だね」
「うん。だからね一緒にやろう?」
「もちろん」
 うなずきあった似たもの兄妹は、仲良く手を繋いで寮室へと向かうのだった。

「鬼は外〜♪ 福は内〜♪」
 扉が開いたと思ったら、軽快な掛け声と共に自分に降り注ぐ豆を見て、フレイルの眉間に深い皺が寄った。
「鬼は外〜♪ 福は内〜♪」
 楽しいことになると周りの様子が目に入らない兄妹は、フレイルの様子に気づくことなく何度となく居間の中に豆をばら撒いた。
 ほどなくして満足した二人は、俯いたままのフレイルにハタと気がついた。
「フレイル?」
「ふ、フレイさん?」
((なんだかヤバイかも))
 兄妹が同時に思ったところで、フレイルがゆっくりと顔をあげた。彼は無表情に二人を見つけると地を這うような声で告げた。
「今すぐ、片付けろ」
「「は、はい……」」
 姿勢を正した二人は、反射的に返事をしたあと、ようやく部屋の様子に気がついた。
 床のみならず、家具の上やその隙間にいたるまで転がる小さな豆、豆、豆。
((な、なんてこったい!))
 思考が双子な兄妹は、部屋の惨状にがっくりと項垂れる。
「俺は部屋に戻る。きっちり片付けろ。いいな?」
「「ふぁーい」」
 冷たく言い捨てられ、さっさと自室に戻るフレイルを見送ると、ルーナとフレイルは顔を見合わせて「ふぅ」と大きくため息をついた。
 小さな豆を拾い集めながら、ルーナは「豆まきは自重しよう」と誓ったのだった。



- end -

WEB拍手として書いたものです。

2011/12/17 改訂