リセット Side Story



贈りものを貴方に...07



リュシオンの誕生日記念SSです。
リューにくさい台詞とかくさい行動とかをさせようとのコンセプトのため、そういう感じのSSとなってます(*´Д`)


 クレセニア王国の王太子リュシオン・アストゥール・レイ・クレセニアは、珍しく空いた時間を自室で読書に費やしていた。
 十二月を迎え、気温は一気に下がり冬の到来を告げていた。しかし王宮の彼の宮、そして自室に至っては暖炉によって暖められ、快適な温度が保たれてる。
 本のページをめくったところで、それを妨げるノックの音がリュシオンの耳に届いた。
「リュシオン殿下、リヒトルーチェ公爵令嬢ルーナレシア様がおみえです」
 ドアを開けて現れた家令が、深々と一礼した後述べると、リュシオンは訝しげに目を細めた。
「ルーナが?」
「はい。本宮の応接室(ドローイングルーム)にてお待ちだそうです」
「わかった、すぐ行く」
 リュシオンは家令の言葉にうなずくと、読んでいた本をパタンと閉じて立ち上がる。
 家令はすぐさま無造作にソファの背もたれにかけられていた上着を取ると、年若い主人へ着せかけた。
「それにしてもルーナだけか? 公爵は?」
 上着を羽織ながら尋ねる彼に、老年の家令は落ち着いた様子で答える。
「公爵閣下とご一緒にお出でになったようですが、閣下は陛下とのお話があるというのでルーナレシア様だけ応接室でお待ちのようです」
「そうか」
 一言だけ答えるリュシオンだったが、長年彼に使えてきた家令は、その短い言葉の中に含まれる喜色に気づいていた。
「……なんだ?」
 家令の気配を感じ取ったのか、リュシオンが不機嫌に眉をあげる。しかし老獪な家令はにこりとその視線を受け止めると穏やかに首を横に振ったのだった。

***

 いくつかある応接室の一つにリュシオンは向かっていた。
 広さはないが珍しい六角形の部屋の天井は高く、中央に天使を描いたフラスコ画。ドアとは反対側の三つ角には、それぞれ金の装飾を施された白枠の大きな窓が設置され、明るい日差しが差し込んでいる。
 床には赤地に金の刺繍の絨毯が敷き詰められ、同じ配色の椅子や長椅子、白と金の装飾が施されたテーブルが絶妙のセンスで配置されていた。
 リュシオンが部屋のドアをノックも無く開けると、窓際に立ち外を眺めていたルーナがそれに気づいて振り返った。
「リュー」
 にっこりと花が綻ぶように笑い、彼女はパタパタとリュシオンに駆け寄ってきた。近づいてきたルーナの頭をぎこちなく撫でながら、彼は知らず口の端を緩めていた。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「うん。リューも元気そうだね」
「ああ」
 嬉しそうに話しかけるルーナの姿に、尻尾をパタパタと振る子犬の姿をだぶらせ、リュシオンは耐え切れずにクッと小さく笑い声をあげた。
 リュシオンのそんな態度に、子犬認定をされたことなどわかるはずもないルーナはきょとんと首を傾げる。
「……かなり待たせたか? 悪かったな」
「ううん。平気だよ。外を見てたの」
「外?」
(何か面白いものがあっただろうか?)
 リュシオンは訝しげに窓の外へと目をやる。するとルーナは説明するように彼の手を引いて窓際へと近づいた。
「ほら、雪だよ!」
 外を見れば彼女の言う通り、白い綿のような雪がちらほらと舞っていた。
「初雪だな」
「だよー。ねぇリュー、ちょっとお外を散歩しない?」
「今か?」
「うん! 今っ!」
 雪が降り出す中を散歩したいなどと言い出すルーナに呆れながらも、リュシオンはそんな彼女を面白がるように笑った。
「外は寒いぞ?」
「平気だよー。<護り>の魔法もばっちりだもん!」
「用意周到だな」
 ため息を一つつくと、リュシオンは自分にも外気を遮断する<護り>の魔法をかけた。
(そういえば、初めてルーナに会った時にかけてやったな……あれからもう一年近くか……)
 彼女と知り合ってからの年月に思いを馳せる彼の横で、ルーナはさっさと外へと続く窓を開けた。
 途端に流れ込んでくる冷気は、魔法によって外気温を遮断された彼らにとっては風の強さだけを感じさせる。そのためルーナはさっさと暖かい室内から出ると、庭に出る階段をご機嫌な調子で下りていった。
『ゆきやこんこ あられやこんこ〜
降つても降っても まだ降りやまぬ
犬は喜び 庭かけまわり〜
猫はこたつでで丸くなるぅ』
 嬉しそうに不思議な呪文を唱えるルーナに、リュシオンは驚いた視線を向けた。
「今のはなんの魔法だ?」
「へ?」
「だから今唱えていただろう?」
 ぽかんとこちらを見上げるルーナをじれったそうに見返しながら、リュシオンは再度問うた。
「あー。今のは歌だよー」
「歌? ただのか?」
「うん。だから気にしないで?」
 呆気に取られるリュシオンを気にすることなく、ルーナはあっけらかんと言い切った。
(あれはどこの言語だ? いやそもそも何故ルーナはそんな少数言語の歌を知っているんだ?)
 頭を埋め尽くす疑問を口にしようとしたが、子犬のように庭に駆け出していってしまった彼女に、リュシオンは問い詰めるタイミングを失ってしまった。
(今である必要はないか……)
 無邪気に降ってくる雪を捕らえようとはしゃぐルーナの様子に、彼は苦笑すると答えを訊くのを諦めた。
「おい、寒さは<護り>で遮断されているとはいえ、濡れれば意味がないぞ」
 ルーナの肩に舞い降りた雪がじわりと溶けて染みを残すのを見て、リュシオンはそう警告すると彼女の腕をひっぱって自分のコートの中へと導いた。
 頭からすっぽりとコートの中へと覆われたルーナは、一拍置いてあわあわと彼のコートから出ようとする。しかし彼はそんな抵抗を許すはずもなく、彼女をさらに自分に近づけて包み込んだ。
「リュ、リュー!!」
「うるさい。とりあえず温室に行くまで大人しくしてろ」
「うー」
 ぴしゃりと反論を封じ込められ、ルーナは小さく唸ると諦めたように彼と共に歩き出した。

 温室に辿り着いた途端、驚くほど素早くリュシオンから離れるルーナ。その様子を彼は面白そうに見つめて口元をフッと緩めた。
「意外と濡れたな……」
 雪のせいで濡れた肩に目をやり、リュシオンはそうつぶやくと胸元のポケットからハンカチを取り出した。派手ではないが繊細な刺繍を施されたハンカチをじっと見つめているルーナにふと気づき、彼は訝しげな視線を送った。
「どうした?」
「ううん……素敵なハンカチだね」
「そうか? どうでもいいがな」
 リュシオンは無造作にハンカチで濡れた肩を拭うと、心なしか沈んだ様子で俯くルーナに訝しげに声をかけた。
「ルーナ?」
 名前を呼ばれ、ルーナはハッと顔を上げるとぎこちなく笑顔を作る。
「なんでもないよ?」
「はぁ……どこがなんでもないんだ。言ってみろ」
 呆れたようにそう告げられると、ルーナはムッとした顔でリュシオンを睨んだ。
「本当になんでもないんだもんっ」
「なんでもないなら普通に笑え。それに、そんなにムキになってたら説得力なんて皆無だぞ」
「うっ……」
 決まり悪そうに上目遣いで見上げるルーナに軽く笑うと、リュシオンは彼女の手を引いて温室の中に設けられたガーデンテーブルへと向かった。
 テーブルに向かい合うようにして座った彼は、まだ少し機嫌の悪そうなルーナを面白そうに眺めてから口を開いた。
「で? 早く吐け」
「吐けってどこぞの取調室ですか……」
「ん?」
「な、なんでもないよ!」
(うーん、なんか今日はついポロッていうのが多いなぁ)
 そんなことをルーナが思っているなど知る由もないリュシオンは、先ほどまでのやり取りを誤魔化す気はないらしく、目で「吐け」と彼女に迫っていた。
「はぁ……あのね、ハンカチなの」
「は?」
 諦めたように口を開いたルーナだが、その内容にリュシオンは間の抜けた声をあげた。
「だからね、リューのハンカチが素敵だったから……」
「ますます意味がわからん。俺のハンカチがどう関係あるんだ」
「うー……」
 理解できないことが不快であるように眉間に皺を寄せたリュシオンに、ルーナは眉を下げる。その様子は彼に耳の垂れた子犬を連想させた。
(今日のルーナは犬っぽいな……)
 思わず頭の中でルーナの頭にしょんぼりとした垂れ耳を付け、彼は吹き出してしまいそうになるのを堪えるために口元に手をやった。
「だからぁ……あんな素敵なハンカチをリューが持ってるから……」
「おまえ、全然説明になってないぞ。もっとはっきり言え」
「もおっ! だから、こんなの渡せないってこと!」
 自棄になったのか、ルーナは声を荒げるとポケットからシルクのハンカチを取り出し、リュシオンにぐっと突き出した。
 思わず突き出されたハンカチを受け取った彼は、呆気に取られたように手の中のハンカチをじっと見つめる。
 生成りの淡いクリーム色をしたハンカチには、少しばかり縫い目の歪んだ薔薇の刺繍が施されていた。
「下手なのはわかってるけど、一生懸命やったんだもん」
 怒った声で一息に捲くし立てるルーナだが、その顔は口調とは反対に恥ずかしそうに真っ赤になっている。しかしリュシオンは彼女の様子より、その言葉に気を取られて呆然とハンカチを見つめていた。
「やった……って、これはお前が?」
「そうだよ……もういいでしょ? 恥ずかしいから返して!」
 ハンカチを取り上げようと手を伸ばすルーナから、それを守りながらリュシオンは彼女を見た。
「これを俺に渡すつもりだったのか?」
 真剣な眼差しで尋ねると、ルーナは一瞬目を泳がせたがコクリとうなずいた。
「あのね、明後日はリューの誕生日でしょう? だから……」
 もじもじと答える彼女に、リュシオンは自分でも戸惑うような、なんともいえないあたたかい感情が胸に沸き起こるのを感じた。
 しかし無言のままの彼を誤解したのか、ルーナは顔を歪めてハンカチを取り戻そうと手を伸ばす。
「お願い、返して!」
「なんで返す必要があるんだ?」
「なんでって……リューは素敵なものをもってるし、いやでしょ? そんな下手な刺繍のハンカチなんて……」
 リュシオンは目の前でしょんぼりと項垂れるルーナの頬に手を伸ばすと、優しく頬をひと撫でして言った。
「俺はこっちの方がいい」
「えっ?」
 思いがけず優しい手のひらの感触とその言葉にルーナは顔を上げた。そこには穏やかに微笑むリュシオンの姿があった。
「リュー……もらってくれる?」
「ああ。大事にする」
 しっかりとうなずいたリュシオンに安心したのか、彼女はふにゃりと表情を緩める。
「これね、お庭にある薔薇を象ったの。刺繍なんて初めてだからあんまり上手じゃないけど……本当に頑張ったんだよ?」
「いや、十分上手だと思うぞ?」
「本当? あのね、来年はもっともっと練習するから!」
「ああ……楽しみにしてる」
 元気になったルーナを前に、リュシオンもつられるように微笑みを浮かべた。
「外は雪だが、ここだけ春のようだな」
 クスリと笑ってルーナの刺繍した薔薇を撫でるリュシオン。
 あまりにも綺麗な微笑みに、ルーナはカッと頬が熱くなるのを感じた。それを誤魔化すように咳払いをひとつすると、彼女はにっこりと笑って告げた。
「お誕生日おめでとう。来年も祝おうね」
「ああ……」
 ルーナの言葉にうなずきながら、リュシオンは自分の胸の内も春のようにあたたかくなるのを感じていた。


- end -

きまぐれ更新しているWEB拍手から。
2011/09/15改訂